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11猫の賑やか大所帯も今は昔。うちの子1にゃん1わんと預かり3にゃんを中心にまったり日常語り。なんとなく、さりげなく更新再開中。
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ピカ、虹の橋へ。うちの子はとうとう1猫に。(涙)
ピカが逝って10日余りが過ぎた。
私は未だにリビングに置いたベッドで寝ている。もう真ん中で寝ていいのに、気づくと右側を空けて左端ギリギリに寄って寝ている。この2ヶ月、ずっとそうしてきた。右側で寝るピカのために。

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ピカは、5月に腸にできた血管肉腫の切除手術をした。大きな腫瘍だったけれど、腸の一部も切り取って全て取り除けた。
「成功確率は五分五分もない。が、手術しないなら今月(5月)いっぱいもたないだろう」
と言われ、一か八かの賭けの手術だった。

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ブジに乗り越え、みごとに復活。元気になった。ただ、病理検査の結果、腫瘍が周囲の組織に強く浸潤しており、転移・再発の可能性が高かった。しかも、手術後、てんかん様発作を起こすようになった。
副作用が出ないように、抗がん剤の低容量療法をしながら、それでも、ふだんは以前通り元気に過ごしていたけれど、9月、突然、体調を崩した。
腎臓と肝臓に、以前よりは小さな腫瘍ができていた。そして、全身にも転移が見られ、もはや打つ手はない。
「余命はおそらく数日」と言われ、覚悟を決めた。

その日から、リビングに折りたたみの簡易ベッドを設置。絶対にはずせない用事(親知らずの抜歯とか)以外、全て予定はキャンセルし、必要最低限の買い出し以外は外出をせず、ほぼ24時間、ピカの側に寄り添った。2時間以上家を空けなければならないときは、ダンナが休みを取って看ていてくれた。

苦しませるだけの延命はしない。ただ、残された日々をできる限り穏やかに過ごさせてあげたい。
万が一、肺に転移していたときのことも考えて、医療用酸素もレンタルした。

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毎日、「今日が一緒に過ごせる最後の日かも」と思いながら、ただピカのことだけを考えて過ごした。
調子の良い時と悪い時が数時間単位で変わる。てんかん様発作もまた1度起こした。何度も、「今度こそダメかも」と思ったけれど、その度に持ち直し、10月の誕生日を迎えて17歳になり、気づいたら「数日」をはるかに越えて2ヶ月近く経っていた。
でも、さすがにそこが限界だった。

苦しませたくなかったけれど、最後はやっぱり苦しんでしまった。
酸素マスクのお陰で一時は落ち着いたけれど……。

11月10日深夜、日付が変わった11日の1時過ぎ。ピカは、ずっと一緒に寝てきたベッドの上で、私の腕の中で虹の橋を渡っていった。
ピカが大好きだった千弥介が迎えに来たかな……。

千弥介は、昨年の9月25日に、18歳で虹の橋を渡った。
私にとって千弥介は特別な存在で、唯一、結婚前から一緒に暮らしていた子。私は、千弥介の死を受け入れることができなくて、身内にも何ヶ月も知らせることができなかった。ネットにも今、初めて書く。
ピカが逝ってしまわなければ、ずっと書くことはできなかったかもしれない。
それでも、今でも受け入れきれていないような気がする。

ピカは大切なうちの子だったけれど、千弥介が逝ってしまった後は、同志でもあった。
千弥介がいない寂しさを分かち合える、唯一の仲間。
いつの間にか、私がソファに座るとぴったりと横にくっつくようになっていた。
家庭内野良で、撫でることはおろか半径1m以内に近づくこともできず、引越しで連れて来ようとした私の親指を本気噛みして全治1年にさせた子だったのにね。

最後の2ヶ月、ピカは体調が悪くて辛かったと思うけれど、私にとっては至福の時間だった。
10数年の家庭内野良を返上して余りあるほど密度の濃い、愛情と信頼を築けたかけがえのない宝物の時間だったと思う。
今はまだ苦しいけれど、きっと何年かしたら懐かしい幸せな記憶になるんだろうな。
そう、なってほしいとも思う。
望んだ「20歳以上生きて老衰で」ではなかったけれど、ピカは17歳、千弥介は18歳という天寿を全うしたのだから。

しかし、11猫いた我が家の子たちも、とうとうシンちゃん1猫になってしまったなあ。
預かりっ子たちがいるから実際は5猫いるんだけどね。
シンちゃんと預かりっ子たちとは生活が別だから、シンは一人っ子になってしまった。あまり他猫に執着がない子なのに、さすがに寂しいらしくて私の後追いが激しい。まだ当分、リビングで寝るのはやめられそうにないかも……。
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Top▲ | # by mana_blog | 2015-11-22 18:41 | うちの猫 | Trackback | Comments(2)
鎌倉市で起きた多頭飼育崩壊(7/9加筆・訂正)
神奈川多頭崩壊・・・鎌倉・小田原の今だから言えると事
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11891643663.html

↓以下、時系列順
【超緊急】70匹多頭崩壊猶予は5日間
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11880774054.html
【緊急・鎌倉70匹】追加情報 ショッキング画像ありです。ご注意ください
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11881179626.html
【緊急・鎌倉70匹】追加情報2 ショッキング画像ありです。ご注意ください
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11881490806.html
【緊急・鎌倉70匹】追加情報3
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11881501694.html
鎌倉チンチラ&チンチラMIX崩壊現場 6/23 №1
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11882723797.html
鎌倉チンチラ&チンチラMIX崩壊現場 6/23 №2
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11882733060.html
取り急ぎ・・・
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11883312665.html
ご支援について・・・m(__)m
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11883940256.html
6/29追記あり・・・お願い
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11885436856.html
神奈川多発崩壊から思う事
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11886444683.html
取り急ぎのお願い
http://ameblo.jp/inunekodaisuki/entry-11889060908.html

以上、たんぽぽの里blog言葉を話せない動物たちからのSOS ~殺処分される命を救うために~より


■神奈川新聞の記事
鎌倉のマンション一室で猫54匹保護 飼い主放置 「ひど過ぎる」
http://www.kanaloco.jp/article/73458/cms_id/87814

 鎌倉市植木にあるマンションの一室に猫54匹が放置され、飼い主から要請を受けた市民団体などが保護していることが23日、分かった。飼い主は25日までにマンションから立ち退かなければならないという。藤沢市内の民家でも33匹が見つかり、保護した猫は87匹に上る。ボランティア宅などに分散して一時保護されており、団体は里親を探している。

 県の登録ボランティアで、「たんぽぽの里」(相模原市中央区)代表の石丸雅代さんによると、飼い主の女性から19日、「多頭飼いをしているが、臭気から苦情が出るようになった。力にすがらなければならない」というメールが同団体にあり、同日にマンションを確認すると、ふん尿や猫の毛が散乱しハエが飛び回る3LDKの室内から数十匹の猫が見つかった。

 石丸さんが県内の市民ボランティアに呼び掛け、翌20日から猫の運び出し作業を実施。約30人が室内からの保護や動物病院への搬送などに奔走し、23日までに計54匹を救出した。

 猫の大半は毛の長い「チンチラ」の雑種とみられ、いずれもやせ細っていた。長毛が絡まって広範囲にわたってはがれたり、目がつぶれたり、足が折れている猫もおり、10匹以上が動物病院に入院した。

 石丸さんは「あまりにもひど過ぎる。避妊・去勢手術をせず放置したことで多頭飼育に陥ったことが原因ではないか」と推測。室内の汚損状況などから、数年にわたって不衛生な状態で飼育されていたとみられる。同じ飼い主の申告で、藤沢市内の民家からも33匹を保護した。

 たんぽぽの里などは、県動物保護センター(平塚市)と連携しつつ、里親を探している。問い合わせは石丸さん電話070(6434)5161。


2014.06.24 03:00:00
【神奈川新聞】

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Top▲ | # by mana_blog | 2014-07-07 01:27 | ねこだすけ | Trackback | Comments(0)
鎌倉・多頭崩壊猫のこと
※SNS等に投稿していた記事を時間がある時にまとめていきます。

小田原&鎌倉多頭崩壊(猫の口コミで話題のブログさんの記事)
http://ameblo.jp/naraha-ide/entry-11888654412.html

6/22(日)、上記blog主の方が藤沢に行ってくださっているちょうど同じ頃、私は鎌倉のマンションの方に行っていました。初めて現場に入った日です。
雌雄を分けるため、藤沢の方にメスを20数匹移動させたと聞いていたのですが、実際には鎌倉にもメスはたくさんいました。妊娠している子も、発情し、オスたちに群がられている子も。
「とりあえず3匹、状態の悪そうな子から連れて来て」と言われていたけれど、正直言って状態の良い子なんていませんでした。その中でも、特にぐったりしている子、片目が開いてない子、発情している子、妊娠していると思われる子、自分からキャリーに入ってきた子……どうしても選べず、藤沢がこんなことになっているとは知らず、ちょこママさんにお願いして4匹連れて行くことに。
ちょこママさんは、31匹の藤沢の子たちと私が連れて行く4匹とを受け入れてくれる病院を必死で探し、何度も行き先が変わりましたが、何とか2匹ずつ違う病院へ搬送しました。
最後の2匹を連れて行った病院には、衣装ケースに入った猫たちが……その時は理由がわからず、「衣装ケースに猫が2匹入れられてる??」と疑問だらけでしたが、忙しそうな先生に尋ねることもできず、猫たちを預けて病院を後にしました。
よもや2匹どころかあの狭い中に数匹放りこまれていたとは! 後から事情を知り、茫然としてしまいました。
私はこれまで、多頭飼育崩壊に4回ほど間接的にではあるけれど、関わったことがあります。どの現場もひどかったけれど、今回ほど動物の状態がひどいのは初めてです。
うちが預かっている2匹も、今、入院しています。仮名・海(める)は流産して緊急手術、猫風邪発症。状態が悪く、今、懸命に治療をしてもらっています。仮名・そらはだいぶ落ち着いてきましたが、まだ猫風邪の症状が安定せず、継続治療中です。
一見元気そうな子で、預かりさんの家で落ち着いているはずなのに、熱を出したり訳もなく鳴き叫んだりしている子もいるようです。
どの子も、みんなあの崩壊主の犠牲者。悔しくて悲しい。怒りしか湧いてこない。でも、今は猫たちが心も体も早く回復し、元気になるように、それだけを考えていきたいと思います。
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Top▲ | # by mana_blog | 2014-07-07 00:52 | ねこだすけ | Trackback | Comments(0)
【転載】*拡散希望* 動物たちのために孤軍奮闘した行政職員の死を無駄にしないために
栃木県動物保護ネットワークさんのFBページより転載致します。
https://www.facebook.com/Tochigi.dogs.cats#!/Tochigi.dogs.cats


--------------以下、転載記事

<動物のことをやりたいなら他へ行け ~栃木県動物愛護指導センター・栃木県生活衛生課~>

山崎さんがパワハラで亡くなって以降、その記事のアメブロなどの内容が削除されています。
以前も県の生活衛生課の職員の横暴をUPしたら、その団体様の記事が消されるなどのことがありました。

もし、お気持ちがある方がいたら、シェアはもちろんですが、画像ごと元記事をコピペしていただければと思います。消されたくない記事なのです。

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

長年、栃木県の動物行政の中で、動物たちのために孤軍奮闘されていた山崎 重寿さんが職場のパワハラで自殺されました。享年 50歳・・・
以前から、栃木県動物愛護指導センターの上部組織でもある栃木県生活衛生課の現課長には他の人もいる席でだったり、また、センターの上層部から事あるごとに呼び出されてはパワハラを受けていました。

でも、センター犬で唯一の家族でもある 「花子」が生きている間は頑張るというのが山崎さんの口グセだったのですが・・・

4月14日 山崎さんは職場のお休みの日でした。
午前中にいつも通り、犬のお散歩ボランティアを終え、お帰りになったそうです。

4月14日の 午後、突然、各方面の携帯に着信やメールなど、山崎さんから連絡が入りました。

長年、レスキューで頑張ってきたある方へのメールには、
「急遽ここを離れることになりました
○○さんには、ワンコのことで大変お世話になり、いつも感謝していました。
どうかこれからもワンコの達のために頑張って下さい
ありがとうございました」

家族同然のお付き合いをしていた方へは感情が高ぶった様子で、電話があり・・・
職場に急に呼び出されて行ったら (栃木県動物愛護指導センター)センター長と総括から携帯を見せろ、(塩谷町の現場の)団体に情報を流したのはお前だろうと言われたこと。
もう動愛は辞める。お散歩にはもう行けない。花子(センター犬で山崎さんの愛犬)のことをよろしく頼む。と電話が切れたそう・・・

こちらにも何回か着信が入ってただ事ではないのが分かったのですが、電話でお話しできたのは夜でした。

山崎さんは携帯を見せるように言われたこと。塩谷町の現場について、公務員しか知りえない数字を団体に横流ししたのはお前だろうと濡れ衣を着せられたこと。
反論はしたけれど信じてもらえなかったこと。

そして・・・動物たちの置かれた環境改善のために頑張っていた山崎さんを普段から煙たがっていたセンター長と総括たちに・・・

「ここは動物のためじゃなく、人間のための職場だ。そんなに動物のことがやりたいなら他へ行ってやれ」
と言われたそうです。

この日、山崎さんは職場を辞める決断をし、とりあえず、明日から休むと言ってセンターを出ました。
死ぬ覚悟をして・・・

その塩谷町の数字は、町役場の職員2名と栃木県動物愛護指導センターの係長が団体に話した数字でした。
そして、隠すような秘密の数字でもありません。

栃木県生活衛生課と、栃木県動物愛護指導センターは、自分たちにとって「ヤバい現場」を外部に知られたくなかった一心でいつも情報隠しをしていました。

そして、団体側や報道が動くたびに、情報を漏らした人間を探す犯人捜し・・・
そして、ついに現場を解決する努力もせずに自分たちの保身のために・・・
濡れ衣を着せて、人を一人殺したのです。

私も現センター長が栃木県生活衛生課にいたころその情報をどこで知ったのかと聞かれたことがあります。
どこで知ったかなんてそんなに大事ですか?
山崎さんのことは全く存じ上げない頃でしたが・・・

前センター長も問題解決に尽力してくださっている先生方との人間関係を詮索したり。
そんなことが何かに役立ちますか?

山崎さんに身寄りがないのは知っていたから自殺に追い込んでも公務労災にもならないことは生活衛生課課長もセンター長も計算していたでしょう。

居場所とやりがいを奪い、自分を否定され、唯一の家族である花子との時間も奪われて山崎さんは生きていけるわけなんてなかったのも栃木県動物愛護指導センターのみんなが知っていたはずです・・・

だからこそ、14日、山崎さんがいなくなった後、センターの職員が朝と夕と山崎さんの自宅を見に行っていたのでしょう。
センターは山崎さんを追いこんだら「何かが起きる」ということを知っていたのです。

山崎さんは身寄りがいないばかりに、火葬は宇都宮市生活福祉課が担当しました。
そして、その火葬の立ち合いには追い込んだ側の栃木県生活衛生課、栃木県動物愛護指導センターの職員ばかり・・・
もちろん職員の中には心ある人はいたでしょう・・・

しかし、追い込んだ側の栃木県生活衛生課課長と動物愛護指導センターのセンター長の
「こいつ面倒くさいことしやがって」
という逆に被害者面をはっきり見ることができました。

葬祭場に団体側の人間がいるのを見つけて固まっていた上層部。
騒ぎになる前にと会葬時間よりも早く、さっさと火葬を開始しようと、上層部の判断で山崎さんを窯に入れるような対応をしました。

駆け付けた団体側が会葬開始時間よりかなり早く火葬がはじまっていることを抗議すると栃木県動物愛護指導センター長が
「会葬案内を出していないお前らが何で来るんだ! 帰れ!」
と怒鳴ったこと。

殺した人間が、山崎さんがお別れの挨拶を言っていた側の人間に言うことですか?

団体側に会葬案内は来ませんでした。
山崎さんの死を闇から闇へ葬るために。
山崎さんももしかしたら覚悟していたかもしれません。
私たちに迷惑をかけないように、負担をかけないように
そういうことを気にしていた人だったので。

今回のことで、各団体は情報や話を集めました。

山崎さんは不遇な育ちで、身寄りがありませんでした。

自分のことをかたくなまでに語らない人でしたが、幼いころに親戚に預けられ、悪いことをすると犬小屋に閉じ込められていたこと。
きっと、ここで犬たちと仲良くなったのだと思います。

そして、自分も不遇な育ちで身寄りがなかったからでしょう・・・
心から・・・本当に心から・・・センターに収容された動物たちに心から寄り添える人でした。

動物たちの適性判断は職員の誰よりも正確。そして、いい子だから助けてやってほしいというお気持ちの中で、団体側やレスキューされている個人の方との交流がありました。

譲渡されてセンターを出る犬や猫には、抱っこして、頭を撫でてやって
「おまえ、良かったな~幸せになれよ」と。

そして、私達には深々と頭を下げて
「助けてくださって、本当にありがとうございました。 この子のこと、どうかよろしくお願い致します。」
とても丁寧で、優しく、お人柄がにじみ出る対応でした。

それだけのお付き合いでしたが・・・
でもそれが上層部に疑われる結果となり・・・
事件が起きました。

私たちはかけがえのない人材を失ってしまったのです。

だからこそ、県内の団体全部、そして個人的にでも助けてもらったいのちとご縁があった方たちがここまで山崎さんの死を悼んで、動いているのです。

おそらく皆様も目にされたことがある栃木県動物愛護指導センターの収容動物情報。
そこにも小さないのちのための山崎さんの細やかな配慮がありました。

センターに行った時に、私たちがわんこを出すときの判断材料で、抱っこされていたり、素手で触っている収容動物情報の画像を見て、この子は大丈夫そうだと思って選んだと話したら、山崎さんはにっこり笑って、
「ワンコは汚くない、それに素手で触っている写真だと噛まないとか分かるでしょう?
俺が抱っこしていれば、噛まないとか可愛いとかいい子だってみんなに分かるじゃないですか!」
と・・・

聞けば、職場の申し合わせなどではなく、山崎さんの想いで自分がやっているだけとのこと。

その時に初めて、収容動物情報ひとつとっても動物たちのために少しでもチャンスを広げようと私達でも気が付かないようなことまで気を配って努力していることを知りました。

ちなみに彼が抱っこしていた犬は私たち団体側が手を出す前に一般市民から希望が出て、一般譲渡で決まっていました。
彼は本当にたくさんのいのちをつないできていたのです。

上三川の犬達は共食いばかりがクローズアップされ、なかなか譲渡先が見つからず、山崎さんがいつか処分されてしまうのではないかと恐れていた上三川の虐待犬。新聞社からの取材で犬を抱っこして見せていたのもそんな想いがあったからでしょう。
いい子ですよ、抱っこできるし、可愛いよって・・・

上三川の虐待犬達は、劣悪な環境下で糞尿のヨロイが体表面にガッチリ付いていて、シャンプーどころかバリカンも入らない状態の犬達でした。
シャンプーも何もしていないのにここまできれいにしたのは山崎さんだったそうです。
本当に汚い状態の犬達でしたが抱っこして、触って、そして自然にヨロイが取れてキレイになって・・・
犬達の心のヨロイも取れて改善していったのは山崎さんだからこそできたことです。

収容施設に勤めていた時は、せめて殺処分場に送られる前まで、自分のところにいる間はと、自分のポケットマネーで動物たちのベッドを購入し、特別においしいおやつやフードをあげていたそうです。
私も県南ドッグセンターは環境がいいと話は聞いたことがありました。

もしこういった配慮がなければ、度々皆様がご覧になる栃木県ドッグセンターのように濡れた冷たくて固いコンクリート床に死ぬまで置かれるだけの犬達だったに違いありません。
体を休めたくてもぬれた固い床の上だけ。寒くても寒さをしのぐことさえできない環境・・・
彼はどうしてもその環境を見過ごすことができず、個人的にできる限りのことをしていました。
「俺のところにいる間はせめて不自由させない」と。

でもこの件でさえ、上層部からは特別なことをするな! とことあるごとに注意されていたそうで、そのころから俺は職場の厄介者だからと言っていたそうです。

彼は、私たちでさえなかなかできないくらいのぜいたくおやつなどをたくさん準備し、動物たちのために自分のポケットマネーをはたく割には自分は質素な生活で・・・

朝早くにセンターに行って、身寄りのない彼の唯一の家族でもあるセンター犬の花子との時間を取ってお世話をしてから通常業務。お仕事が終わったら、自分がお願いして助けてもらったわんこさんたちのお散歩のボランティア。
帰りにスーパーやコンビニでおつまみを買ってビールを飲む。

唯一の家族でもある花子との時間を何よりも楽しみに大切にしていました。
二人でいるのを見ただけでも、誰が見ても分かるくらいの特別な絆だったそうで・・・

小さないのちに寄り添い動物たちのためにと頑張り続け、組織がいい方向になるようにと働きかけを続けていた職員に対しての仕打ちが彼から、やりがいや居場所を奪い、否定し、身寄りのない彼の唯一の家族を奪うことだったのです・・・

山崎さんは最後の電話の中で、
「中から変えようと思って頑張ってきた。
中から変える必要があると思っていた。
中に自分がいる意味があると思って頑張ってやってきた。
でもダメだった・・・もうダメだ・・・
俺は負けたんだ・・・
もう二度とセンターの門はくぐりたくもない。
あんなところ二度と行きたくない。」
と・・・

濡れ衣を着せられたことを怒りもしなかった山崎さん。

それよりも何よりも職場に対して常々持っていた疑問、捨てられて収容された動物や、悲惨な現場に向き合わず、情報が漏れたのではないかと犯人捜しをしたり、動物たちのためにと何かやれば、余計なことはするなと潰されていく職員たち・・・

俺は負けたんだと繰り返す中には、職場のあり方にただただ絶望していることしか伝わらなかったです・・・

職場を辞めるということは唯一の家族でもある花子と別れるということ。
今までは、花子が生きている間はここで頑張ると言っていた山崎さん。
ついに心が折れた時でした・・・

居場所ややりがいを奪われて、自分を否定されて、身寄りのない山崎さんにとって唯一の家族でもある花子と離れて生きていけるわけがなかったのにこちらもその時点で気が付くべきでした。

栃木県の動物行政の上層部はそのことを知った上で、そして・・・身寄りがないことをいいことに追い込んだのです。
身寄りがなければ、労災にもならず、おとがめなしです。

そして私たちに知らさなければ彼を闇から闇へ葬ることができました。

山崎さんは自殺する直前の最後の電話で遺言ともいうべきお願いをしました。

●山崎さんが家族同然だったお付き合いをしていた人、その動物たちを守るような配慮をすること

●上三川の虐待事件現場からレスキューされた犬たちで自分がトレーニングしていた犬達が殺処分されたりしないようにすること、譲渡先の確保

●これからもできる限り動物たちを助けてほしいこと。

●栃木県の動物行政は変わって行ってほしいこと。いのちや現場に向き合ってほしいこと。

そして最後に一つだけ・・・。彼のわがままなお願い。
唯一の家族でもある花子のことをお願いしますと・・・

本当に最後の最後まで、自分のことより小さないのちに寄り添う人でした。

センター犬でもある花子ちゃんは今14歳くらい。
花子が子犬のころから山崎さんがハンドラーとしてついた犬だそうです。
身寄りのない彼にとって唯一の家族で、花子のことをよく娘だと言っていました。
びびりな子で山崎さんをはじめとするごくわずかな人にしか心を許さないわんこさん。

私は花子のことお願いしますって言われても無理だよ、会ったことがないし、びびりな子なのだから山崎さんがいないとダメだよ、大体、山崎さんだって花子がいないとダメでしょうって言ったら・・・

山崎さんは、穏やかにやさしく一言。
「大丈夫だよ。どこにいてもいつか虹の橋で会えるから・・・」

絶望の淵でも忘れることがなかった花子のこと。
でももう会えないとなったときの「いつか会える」は彼のわずかな希望でした・・・

彼の引っ越しはいつも一時間で済む荷物だったそう。
ご自宅にはテレビとお布団だけが残っていたそうで着替えやタオル歯ブラシなどの日用品もなかったようで・・・
ごみに捨てたのでしょうか。

あちこちにご連絡をしてお別れのあいさつをしながら大きなものだけを残し、部屋の後片付けをして、車に乗って最後の場所へ向かった山崎さん。

きっと、家族同然だった人のおうちを通って、いつも犬達とお散歩していたルートをたどってから最後の場所へ向かったはずです。

最後の場所も私たちの知っている場所でした・・・

皆様にお願いがあります。
山崎さんのような小さないのちに寄り添う職員がいのちを絶たなくてはならない職場や、この現状を変えたいと思います。

こういう職員がやりがいを持って笑顔で仕事ができる職場へ・・・
私たちは改善していきたいと思います。

今の栃木県の現状を変えるためにも皆様の声を届けていただけないでしょうか?

下記の手法のいずれかで要望していきたいと思います。

~*~*~*~☆知事にアクセス☆~*~*~*~
http://www.pref.tochigi.lg.jp/c05/pref/kouhou/iken/chijiakusesu.html

提案の方法
1.ホームページ上での提案方法

提案フォームへのリンクを開くと入力画面が表示されます。

2.電子メールで提案する
メールアドレス:teian@pref.tochigi.lg.jp

3.郵送又はファクシミリでの提案方法
①郵送送付先
〒320-8501
(郵便番号のみで住所の記載は必要ありません。)
栃木県広報課「知事にアクセス」受付係

②ファクシミリ送付先
FAX番号:028-623-2160

☆お問い合わせ:広報課☆
〒320-8501 宇都宮市塙田1-1-20 県庁舎本館3階
電話番号:028-623-2158
ファックス番号:028-623-2160
Email:kouhou@pref.tochigi.lg.jp

下記、要望内容です。
これに皆様のお気持ちを付け加えていただければ幸いです。

~*~*~*~*~要望内容~*~*~*~*~
1.動物行政の上層部の更迭
この度のパワハラによる自殺の直接の原因となった栃木県生活衛生課 課長と栃木県動物愛護指導センター センター長の更迭を求めます。

これは、自殺事件の直接の原因の責任を取らせるという意味合いよりも、人材を生かせなかった管理職のトップとしての責任と上層部に逆らえば、今度は自分が追い込まれると恐怖心を感じている、今の職場環境の改善、似非愛護のNPO法人や鹿沼市の登録取消の動物取扱業者上三川の虐待事件、安楽死用薬品紛失事件、塩谷町のアニマルホーダーの現場など様々な現場の対応の遅れ、また、収容動物のオスメス間違いなど基本的なミスやあってはならない感染症が頻発するなど度々、外部からも注意を受けているにもかかわらず、改善がないことについて責任を取っていただきたいということです。

なによりも小さないのちや都合の悪い存在を殺す、排除するという思考は危険であると同時にその管理職の能力不足でしかありません。

これを機に真に人材を生かす職場に生まれ変わっていただきたいです。

2.収容された動物たちの場所の環境改善と、収容動物の生存の機会拡大をお願い致します。

①殺処分場でもある栃木県ドッグセンターには床にすのこなどを敷くこと、四季を通じて、マットなどを敷いて、動物たちが体を横たえることができる環境つくりをすること。

現在のように冬期はマットを敷いてもらえるけれど、春からは濡れた冷たいコンクリート床に直接、身を横たえる現状が改善されることを願っています。

②殺処分場でもあるドッグセンターの過酷な環境の改善と、生存の機会拡大のために新しく長期の保護管理ができる譲渡用の施設新設をお願い致します。
必要であれば、そのための基金を創設してください。

ドッグセンターは冬期マイナス10度以下です。養豚マットなど熱源があるということですが、大部屋で使用されているのを見たことがありません。
また、現在、法律にある適正保管の基準を満たすとは到底言える代物ではなく、建物の構造的にも室内保温が難しいため作り変えることが必要です。
また、隔絶された山の上にあるため、人目につかず、譲渡のチャンスそのものが少ない環境です。

職員も栃木県動物愛護指導センターと栃木県ドッグセンターの二手に分かれてしまい結果的に動物たちの保護管理が満足に行えない結果、様々な問題が起きています。

ドッグセンターにいる嘱託の獣医師職員も高齢であり、臨床経験自体がなかったりと、実際、人材不適だったりします。
人材が集積されている場所での管理の一元化をお願いしたいです。

最終的には、全国的な流れに沿って、市街地の中、または近くなど、人が訪れやすい場所で、殺処分される施設ではなく、収容された「動物たちがセカンドチャンスを得る新しい施設」ができることを強く望みます。

3.職員の研修を行ってください。
動物の管理にあたって、必要な臨床経験を積むこと、収容場所や業務改善のために必要な研修を受けてください。
またその研修内容を職場全体で共有し、きちんと業務に反映させてください。
オスメス間違いの頻発などあってはならないことです。

4.民間と協働してください。
自分たちにとって都合のいい団体との協働ではなく、活動実績があり、活動している県内の民間団体との共働を強く望みます。
現在、県内で抱えている問題をお互いの信頼関係の中で一緒に解決して行く必要があります。

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

最後になりますが、国には、収容された動物たちのための収容場所の基準を作っていただきたいです。
行政の収容場所であるにもかかわらず、動物たちの「5つの自由」が守られていない不適正な収容場所がまだあります。

山崎さんは美しいものを美しいと感じる心があって自分の信じた道を行った純粋な人だからこそ壊れてしまったのだと思います。
自分の信じる道でしか生きられなかった不器用で、本当に純粋で優しい人でした・・・

不遇な少年時代、そして身寄りがいなかったからこそ捨てられた動物たちに心から寄り添えた優しい人。
孤独の中で生きてきたからこその優しさ。
自分を見失わない強さ。

大好きだったというStingのShape Of My Heartを思わせるような生き方。

あなたは負けたんじゃない。自分の信じる道を譲れなかっただけ。自分の信じる道でしか生きることができなかっただけ。
なんて優しい、不器用な人・・・

そしてこれからは一人じゃないから。

だから、今度こそ、一緒に行こう。

全国のセンターや保健所の職員がいつかこんな素敵な笑顔でお仕事できるように一緒に変えていこう。

これからもみんなで頑張ろう。

山崎さんは4月14日に栃木県動物愛護指導センターで上層部のパワハラを受けた後同日4月14日の夜に亡くなりました。
ご遺体が発見されたのは、日が経った4月20日・・・
警察に収容され、検死後、火葬され、納骨されたのは5月14日。

身寄りのない彼は、自分を追い込んだ栃木県動物愛護指導センター側の人間によって送られることになり、そして無縁仏として御遺骨は宇都宮市内の霊園に納められました。

せめて、皆様には彼のような職員がいたことを知ってほしい。

彼のような職員がやりがいをもって素敵な笑顔で動物のために寄り添って働ける職場になってほしい。

全国のセンターや保健所が彼のような人材を生かし、動物たちへセカンドチャンスを与える場に生まれ変わってほしい。

私たちの切なる願いです。

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山崎さんが助けてほしいと言って レスキューされた秋田犬とお世話をする山崎さん。
彼の人柄が伝わる素敵な笑顔です。
これを彼の本来の職場で見たかったです。



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山崎さんが助けるきっかけを作った秋田犬とのお散歩ボランティア風景。
とてもうれしそうな犬たち。意気揚々とお散歩です。



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山崎さんが描いた素敵なスケッチ画。実はとても絵を描くのが上手でした。



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彼がトレーニングしていた上三川の虐待事件でレスキューされた犬と。

皆様、どうかよろしくお願い致します!

山崎さんのことを私たちは絶対に忘れない。
心からの感謝と共に・・・
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Top▲ | # by mana_blog | 2014-06-02 00:37 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
今日は末っ子たちのお誕生日です
いま、カレンダー見て気づきました。(^^;)

ピカの子どもたち、“末っ子軍団”とか“ピカkids”とか呼んでいましたが、今日でもう14歳。末っ子はともかく、もう“kids”(正確には猫なので、“Kittens”なのだけど)とはいえない立派なシニアです。
秀とてちゅりんが虹の橋を渡ってしまい、幸とシンのふたりになってちょっと寂しいですが、まだまだ2猫には元気でいて欲しいと思います。

とか言いながら、画像はトム。(笑)

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「あの~、ボクのゴハンはまだですかぁ~?」

ブログパーツの“もじでぱ”(Webフォントサービス)を入れてみました。読みにくかったら戻しま~す。
 ※戻しました。(^^;) 2013.09.23
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Top▲ | # by mana_blog | 2013-05-14 14:19 | うちの犬 | Trackback | Comments(0)
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